日本社会で生きるということ - UENOTE

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日本社会で生きるということ

2009年09月19日 12:29


日本社会で生きるということ (朝日文庫)日本社会で生きるということ (朝日文庫)
(2003/02)
阿部 謹也

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”日本人は「個人」として「社会」を構成しているのではなくて...「個人」は「個人」である前に、「世間」に属しているということがあるわけですね。

日本の「個人」は「世間」のなかにおいて初めて「個人」であって、その「世間」からもし容認されなければ、追い出されてしまう。
「世間体」という言葉がありますが、私たちはいつもそれを恐れているわけで(...)。

そういうルールが日本人を縛っているということを、日本人は普段意識していない。なぜかといえば、それは当たり前のことだからです。”


”日本の教育の根本問題は、全体が建前だということにあります。

例えば社会で起きた問題について、あるいは教室で起こった問題について、何が正しいかということだけで議論しようとする傾向がありますが、本当はこの問題をどう解決するかということが大切なんです。しかしそうではなくて、誰が正しいか、誰が間違っているかという議論の立て方になっていたと思います。

そして教師たちは常に建前で議論をしますから、その建前が破綻する具体的な現実については発言ができなくなってしまう。つまり本音の部分が欠落しているわけです。

単に一人ひとりの教師がだらしないからだとかそういう問題ではなく、近代日本の教育が建前だけで、本音の部分をおし殺してきたからなのです。”





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